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吾輩は創作小説、名前はまだない

 前回、二次創作を時々Diaryに乗せようかなどと申し上げましたが、今回はどういうわけか咄嗟に思いついたオリジナルの創作をここに書くネタにしてしまいました。『“白騎士団”物語』とも現在未公開の『教会のレストラン』ともまったく関係ありません。

 実のところ、1つの形になるかわからない創作をDiaryに乗せるというのもいかがなものかとは思ったのですが、どこかで公開してみればそれなりに書き上げようという気力も湧いてくるのではないかと思っております。なので完結の見込は一切ありませんし、完結しないとも限りません。そもそもどういう世界観だとかいうことも細かく決めておりません。なんとなく、「現代日本っぽいどこか」とだけ受け取っていただければありがたいです。ついでに、今回冒頭の冒頭だけ乗せるので、話の区切りが悪いです。こんな話の続きがあってもいいよという方がいてくださいましたら、また改めて区切りのいいところまで書いて乗せることもあるかと思います。

登場人物の簡単な紹介

月世(つくよ)さん

20代半ばの男。

神住さんの家に間借して生活している状態。月雲さんと相部屋することで家賃を折半している。

月雲(つくも)さん

20代半ばの外見の男。

神住さんの家に間借して生活している状態。月世さんと相部屋することで家賃を折半しているようでいて、その実全額払っても問題ないけど、それは月世さんが許さない。

神住(かみすみ)さん

20代女性。

月世さんと月雲さんに部屋を貸して生計を立てている聖母のようなお姉さん。二人から光熱費も食費も管理費もちゃっかり請求しているしっかり者。

 祝福の鐘が鳴り響く。多くの人の見守るなか、まるで天使が手を差し伸べたような木漏れ日の差す緑の庭を抜け、私達は純白に彩られたステージにあがった。色とりどりの美しい花びらがシャワーとなって柔らかく降り注ぎ、その一片が清純の白いドレスの肩に乗る。私が指先でそれを払うと、月世さんは優しく微笑んだ。

 私達は言葉もなく互いを見つめ合い、やがてそっと口づけを交わす。甘い香りがした。パンケーキにとろりと溶けたバターを乗せたような香りだった。

 私は目を開ける。人の顔のような木目の天上が見えた。ゆっくりと体を起こすと、薄手のタオルケットが膝に落ちる。開け放たれた東向きの窓からは、春先の生暖かい風が吹き込んでいて、それにのってパンケーキの匂いも私の部屋に届いているようだった。

 すぐ隣に布団はなく、そこに寝ているはずの人もいなくなっていた。ただ青々とした畳があるばかりだ。立ち上がって壁際にある作業用のデスクに歩み寄る。二人が並んで仕事ができるデスクで、奥行きはもちろん、横幅もほどほどにあったが、いまは二台のノートパソコンと多くの筆記具、分厚くなったフォルダなどが乱雑に置かれていて、ずいぶんと狭く感じた。手前のほうのほとんど中央には、無理矢理に開けられた小さなスペースがあり、『朝食までには帰る』と書かれたメモ用紙が、エアコンのリモコンで押さえられていた。先の細いペンで書いたきれいな文字だ。月世さんの字だというのはすぐにわかるし、ここにメモを残すのも、彼しかいない。

 私はデスクの奥にある本立てに立てかけたクリアファイルを一つ抜き取り、月世さんのメモを挟む。黒色一色で中身がわからないこのファイルには、月世さんが私に宛てた文字の一部が収まっている。収まりきらなくなったぶんは、デスク下の引き出しのなかに、諦念にまとめて保管してある。

 これを知れば月世さんは蔑むような目で私を見るだろう。その表情を想像しただけで、私は天にも昇りそうな心持になる。

 クリアファイルを戻してから、布団を畳んでしまう。入り口脇の押入れには、確かに月世さんのぶんの布団がしまわれていた。その上には充分な空きスペースがあったが、彼の使った布団のうえに私が寝ていた布団をかぶせるのは、理性が許さなかった。少し窮屈ではあるが、すでに天上に届きそうな布団の山の上に、敷布団とタオルケットのセットを押し込む。

 部屋を出てスリッパをはく。この前神住さんが気を遣って私と月世さんのぶんをお揃いにして買ってくれた、うさぎのスリッパだ。立体的に飛び出した耳が足首のあたりをくすぐる。

 目の前の階段を降りると、廊下の先のリビングのほうから漂う匂いはさらに存在感を増した。艶消しガラスの嵌め込まれたドアを開けると、椅子に座って新聞に目を通す月世さんの姿がまず視界に飛び込んできた。

 窓から差し込む光に背を向ける彼は、いつもどおりに綺麗で、私の伴侶として申し分なかった。前髪のほうだけ長くしたショートカットの黒髪は午前中の陽光を受けて艶やかな色彩を呈し、伏せられた目は知的でありどこか冷たい金色をしていて、まさしく宝石のようなのだ。肌は絹よりも滑らかで、ちらりとのぞくうなじが妙に色っぽい。

 彼は私に気づいているのか、あるいは気づかないふりをしているのか。新聞から一切顔を上げようとしない。私がすぐ隣の椅子を引いてそこに腰かけても、まるで無反応であった。

 かわりに、キッチンのほうから「あら、」と若い声がした。

「おはようございます、月雲さん。きょうはゆっくりなんですね」

「おはようございます、神住さん。ちょっと、いい夢を見ていまして」

 パンケーキを皿に乗せる彼女に軽く会釈して答える。

 神住さんは、しっとりとした長い栗色の髪を耳の後ろで一つに束ねた女性だ。目尻の少し垂れた大きな目をしていて、その顔の印象だけでなく、喋り口調もずいぶんとおっとりとした人である。月世さんも、彼女の喋るときには新聞のうえのほうからちらりとその聖母のような笑顔を見ていた。

「どんな夢を見てらしたの?」

 溶けたバターを乗せたパンケーキ二人分を運びながら、彼女は嫌味なく首を傾げる。

「大勢の人から祝福される夢です。私の隣には、真っ白いドレスを着た素敵な人がいて」

「あら、素敵」

 神住さんが私と、新聞を折り畳んでテーブルの端のほうに置いた月世さんとの前にそれぞれ皿を並べた。甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 続いて神住さんは縁に銀色の装飾のついたトレーにティーセットを乗せて運ぶ。以前、月世さんが手伝いを申し出たとき、いいんですと断られていたことを思い出した。

「そういえばお二人は、いまお付き合いされている方はいるんですか?」

「いえ、いまのところいませんよ」

 月世さんがいち早く答えた。相変わらずの聞き心地のいい声だった。語りかけられたわけでもないのに、体の奥のほうが温かくなる声だ。

 彼は一呼吸の間のあとに、さらに言葉を続ける。

「神住さんはどなたかと?」

「いいえ、私にお相手してくださる方なんて、そうそういなくって」

「神住さんは素敵な女性だと思いますよ」

「ありがとうございます。さ、召し上がってくださいな」

 そう言って神住さんがトレーをキッチンのほうに下げる。まだ家事の残っているらしい彼女は、一度部屋を出て行った。

 月世さんが頭を抱える。私の位置からだと、細くて繊細な彼の指がよく見えた。

「月世さん、」

「何も言うな」

「あなたには私がいるじゃないですか」

「僕に『その趣味』はない」

 月世さんが顔を上げる。彼は深い溜息をこぼすと、いただきますと手を合わせてパンケーキを小さく切り分けにかかった。


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