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“白騎士団”物語 1-10

『探し物』

 数日前、ユウが〝白騎士団〟に連れられてこの古い屋敷に入った日に、彼女は二人の団員と顔を合わせた。一人は彼女の傷の手当てにあたった『医者』であったが、もう一人は気のよさそうな青年である。

 調度品など壁際のベッドと小さなテーブルしかない部屋に案内されたところで、彼が来たのだ。白いコートのフードをとった顔に、燭台の蝋燭の火だけでは薄暗い室内でも明るく見える笑顔を浮かべていたのが印象的であった。

 そうして現在、その青年――フィルド・エイカーと、屋敷の書庫でばったりと再会した。この夜はトラヴィスが屋敷を空けるというので、その間書庫にある本を読んで少しでも魔術の基礎知識を得ようと考えて訪れたときだ。重たい扉を押しあけると、本棚の前に立つフィルドを見つけた。

 片手に分厚い本を乗せて開いていた彼はユウに気付いて朗らかな笑顔を浮かべると、「久しぶりだねぇ」と気軽に声をかける。

「どうしたの? 何か調べ物?」

「ちょっと、勉強を」

 そっかあ、と相槌を打ちながら、フィルドが背丈の高い本棚を見上げる。彼の背後にも、その向こう側にも、書架は等間隔に並んでいた。古書の匂いと木の古くなった匂いとがまざりあった部屋である。

「ユウ、どんな本探してるの?」

 フィルドが本を閉じて、書架の高い位置にしまう。ユウはえっと、と、記憶を辿るように周囲を見回す。壁際に等間隔に並んでいる白い明かりが目についた。ランタンやスコンスなどではなく、何か別のものがガラスケースに入って輝いて、この部屋全体を照らしている。

「グロウフラワーっていうんだよ、それ。加工してあるけど、もともとは花なんだ」

 彼女の視線に気づいたのか、フィルドが言う。

「いろんな色があって、すごく綺麗だし、加工すれば、こうやって部屋の明かりにもなるよ。他にもいろいろ使えるみたいなんだ」

「詳しいんですね」

「育てたりするからねぇ。今度、花が咲いたら見せてあげるよ」

 隣に並んだフィルドに、「はい」と元気にうなずく。彼を見上げると、裏表のないようなすっきりとした顔と目が合った。

 こんな人でも〝白騎士団〟なんだ――――心中で呟き、ユウは「あの、」と声をかけた。

「フィルドさんは、ここで何をしていたんですか?」

「俺はちょっと調べ物。こういうの苦手なんだけどねぇ」

 えへへ、と罰が悪そうに頭をかくさまは、気の優しそうな青年そのものであった。

「ねぇ、ユウは召喚魔術って知ってる?」

「えっと……すみません、よくわからないです」

 そっか、とうなずき、彼はさっきまでいた書架の近くに歩み寄ると、いくつもの背表紙をしばらく目で追ってから、一冊の本を抜き取った。深い緑色の表紙の本で、表に刻印された文字などはほとんどかすんで読めなくなっている。

「召喚魔術って、いま俺達がいるとことは別のとこにいる精霊を呼び出して、その精霊に力を貸してもらう魔術なんだけれど……精霊ってほら、こんな感じ」

 彼は本のページを開いてユウに見せる。絵がいくつかと、その横に細かい文字がびっしりと書かれていた。文字は最初から読もうとせず、フィルドに歩み寄ったユウは絵だけに視線を投げかけた。

 生物のスケッチのようだった。人のシルエットに角や棘、虫の翅のようなものを生やした生き物や、昆虫のように這いずり動くような姿で全身を硬い甲羅に覆われたものなど、どれも見たことのない姿である。

「これが精霊、ですか?」

「そう。でもほんの一部。本当はね、すっごい種類の精霊がいて、それが、この世界や、精霊にしか行けない世界とかに棲んでる。召喚魔術は、それぞれの世界をつなぐようなものらしいんだけど、正直俺にはよくわかんないんだよね」

「でも、いろいろ知ってるんですね」

「一応、使ってるから」

 フィルドが本を閉じて、もとあった場所に戻す。

「それで、この前ちょっと気になる精霊がいて……。まあ、俺が考えても全然わかんないんだけどねぇ」

 少しばかり考え込むような様子を見せたかと思った次には、けろりとして快活に笑う。やっぱトラヴィスとかに聞いたほうがいいのかなあ、などと言うと、彼は「よし」と息をつく。

「俺の調べ物は終わり。やっぱわかんないや。ユウ、何か手伝おうか?」

「え、いいんですか?」

 俺にできることならねぇ、と、フィルドが笑う。

 ユウは記憶を辿るように室内を見まわした。トラヴィスに連れられてここに来たとき、彼は教材としてどの本を選んでいたか。入り口から見て右手側の棚の裏のほう、中段のあたりにある分厚い朱色の背表紙の本だったような気がする。

 これかな。抜き取ったハードカバーの表紙には、『魔術史』の文字が箔押しされていた。記憶にあるものとはタイトルが違う。手に取ったのを本棚に戻して、次にそれらしいものを探す。『現代魔術の考察』、これも違う。トラヴィスにすすめられたものは、背表紙も表も擦れてすっかり文字が消えているうえに、ページの端のほうもよれている具合であった。

 どれだっけと、本棚から数歩離れて背表紙の群れを視線で舐めるが、どれも違うように見えてしまう。

「探し物って、見つからないよね」

 ふいにフィルドが言った。俺も、何かを探すのがへたくそなんだ。

「でも、ここらへんにあったような気がするんです」

「もしかしたら、誰かが持ち出したのかも。ローディアなんか、調べもので部屋に持って行っちゃって、そのまま返し忘れてさあ。トラヴィスに注意されてたんだよねぇ」

「ローディア、さん……?」

 初めて聞く名前に、ユウは首をかしげる。ここの本を持ち出すということは、団員の誰かであることは想像できたが、会ったことのない人物であった。

「まだ会ってない? 研究者で、すごく頭がいいんだよ。会えるといいねぇ」

 フィルドがのんびりと笑う。彼はいつもこの顔をしているのではないかと疑ってしまいそうだった。

 死ななくてよかったねぇ。そう言いながら、ユウに笑顔を向けたフィルドを思い出す。初めて彼に会って、トラヴィスに促されて簡単な挨拶を済ませた直後のことだ。入団を拒否していればその場で殺されていたことを思い知るには充分な言葉であったし、そのことについて何も思うところもなさそうな顔つきが、記憶によく残っている。

 ユウは本探しを諦めて、背丈の高いフィルドを見上げる。

「勉強はまたにします」

「そう? なんだったら、ローディアのとこ行こうか?」

「え、そんな……悪いですよ。またにします」

 もう遅い時間ですし、と、遠慮するように言って、ちらりと窓のあるほうを見る。しかし、書架が立ちふさがっていて、外の景色は見えようもなかった。

 じゃあ、また今度だね。フィルドが変わらない調子で言った。彼にはまだ何かやるべきことが残っているらしく、それじゃあと、この場をあとにする。

 ユウはもう一度書架をざっと眺めてから、そこを出た。きょうはもう寝てしまおう。トラヴィスはどこに行ったのだかわからないが、帰りは明日か、へたをすれば明後日以降だという。

 屋敷の三階にある書庫から、二階の自室へ向かう。全体の作りは二階も三階も似たようなもので、長く伸びた廊下の突き当たりに階段があった。左右対称になるように、二か所、離れてあるのだ。構造はシンプルであるが、屋敷のなかを歩き回るには骨の折れる具合だった。

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