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“白騎士団”物語 1-13

『災害調査会議』

 同日の一七時、トルーマン家客間には、円卓を囲うように七人の人間がそろっていた。トルーマン家当主、アラスター・トルーマンをはじめ、自警団団長のアントン・ハガード、そして北地域中央研究所の管理責任者ディック・ヘンウッド、災害に立ち会った研究者のトラヴィス・ウォーカーとローディア・レイ、最後に軍からの派遣部隊の隊長であるフェル・ロッドとその部下のジェイコブ・ガネルである。

 ジェイコブは、つい先日、ジーン・ホワイトリー少佐からこの一件の調査の仕事を言い渡された直後に部隊に所属になったばかりの兵士の一人であった。年はフェルよりもいくらか上で、痩せた男である。転属になるまえまでは、国内の事件や事故の調査のために編成された、まったくの別種の部隊に所属していた。フェルは彼をこの会合に出席させる必要なしと判断したが、ジーンはそれをよしとしなかった。

 豪奢な吊り明かりで照らし出された室内で、フェルはちらりと隣の席を見やる。ジェイコブが周囲を睨みつけるような目で見ていた。壁際の金縁の飾り棚も、そこに収まった凝った意匠の陶器も、彼の目にはとまらないらしい。

 それでは。アラスターがゆっくりと口を開く。

「例の研究所での災害調査について、」

「北地域中央研究所です」

 口を挟んだのはディックだ。からかうように口元をゆがめている。

 アラスターは咳払いを一つすると、改めて言い直す。

「北地域中央研究所での災害調査について、ここで一度、全体の認識を一つにまとめておきたいと思います」

「ではまず目標を確認いたしましょう」

 またもディックが横槍を入れる。

「目標?」

「まったく異なる集団が一つの課題に取り組むのですから、共通の目標、そう、たとえば、事件の早期解決などを掲げたほうがよろしいのでは?」

 同意見ですね。トラヴィスが微笑を浮かべつつうなずく。彼の隣にいるローディアもまた、いいんじゃないかと賛同をしめした。

 アラスターが眉をひそめつつ、しかし大きな反論もせずにフェルとジェイコブに視線を投げかける。

「軍の方々のご意見を」

「こっちとしても三人に同意だ」

 フェルはジェイコブになにかを言わせるよりさきに断言する。彼の非難するような視線は一向に気にせず、会合の進行を待った。

 アラスターの取り繕う声が広い室内に響く。

「では、そうですね。『事件の早期解決』の目標でもって、改めて話し合いを進めていきましょうか。まずは情報の共有を」

 それからアラスターは、北地域中央研究所で起こったことの顛末、災害処理の進行具合などを淡々と述べた。どれもこれも、事前に書簡で通達されていた内容ばかりであった。フェルがそのすべてに目を通し終えたのは昨日の夜であるし、内容はしっかりと頭に入っている。

 認識の相違は互いに存在しない。それを確認したところで、では今後の予定ですがと、アラスターがちらりとディックへ視線を投げかける。

「なにか、思うところがありそうですな? ヘンウッド所長」

「現在北地域中央研究所内で放置されている例のあれの撤去を最優先事項としていただきたく存じます」

「現場の保持のためにもそれはできないと、すでにお伝えしているはずです」

 考える間もなくアラスターが返した直後に、トラヴィスが「よろしいですか」と手をあげる。

「私とレイ博士との見解では、あれの放置は二次災害につながる危険性のあるもので、早期解決を望むならまさしくあれを取り除く必要があるかと」

「それは確実なことでしょうか」

 割り込んだのはジェイコブだった。彼は円卓につく一同を一度さらりと見回したあとに、さらに続ける。

「根拠となるものを示していただかないことには、私は現場保存を続けるべきだと考えますが」

「却下だ」

 部下の意見を一蹴し、フェルは前かがみになって肘を円卓につけた。両手の指を口元の前で組ませ、ジェイコブには一瞥もくれない。

「ここで意見が割れてすまないが、俺の部隊からの意思としては、博士に同意する形で了承してほしい。俺をふくめこの部隊は魔術の専門家なんていねぇし、聞いた様子じゃあ、トルーマン家ご自慢の自警団もこういった事例に関しては専門外なんだろ? だったら二人に任せちまうのが一番手っ取り早いし確実だと思うがな」

 どうなんだ、と睨みつけたさきには、いままで一言も口を開こうとしなかったアントンがおり、壮年の顔に苦笑のようなものを浮かべていた。

「まさに、そのとおりですよ。しかし我々もただの素人ではないこと、失念しないでいただきたい」

「素人だと言ったつもりはねぇが、そう思ったんなら悪かった。軍からは以上だ、話を続けてくれ」

 隣でジェイコブが不服そうにしているのを知りながら、フェルは彼の意思など聞く気配も見せない。ジーンからの命令がなければ、フェルはジェイコブではなくマライアをここに連れてくるつもりだったのだ。

 それからの話は、ひどく冗長なものに感じた。くだんの物質の撤去に関することもだが、調査に使う研究室の指定を外すことや、ほかにもいろいろと。魔術やその関連することには、フェルの意見はおおむね研究者側に同意であったが、現場周辺の警備の話になったとき、それは大きく変わった。

 アントンが行動可能範囲の指定をしたせいだ。軍に立ち入りが許されたのは、研究所の周辺と街の一部であった。具体的には、商業地区の付近から住宅街の入口あたりにかけてであり、トルーマン家の屋敷への踏み入りは原則として許可しないとのことだ。

 彼いわく、「軍は市民を見守り、また市民の近くにいることで彼らの安全を保障する象徴であってほしい」とのことだった。フェルはふざけるなと彼を睨みつける。

「俺達は『象徴』のために来たわけじゃねぇんだ。必要に応じて、それなりの行動はとらせてもらうぞ」

「なぜ?」

 アントンは柔和な笑みを浮かべながら姿勢を前に倒す。

「言ってしまえばあなたは戦争屋だ。この災害の解決に、戦争屋でなにかできることでも?」

「お前達の監視ができる」

 躊躇うこともなく言い放った言葉に眉をひそめたのはアントンだけでない。アラスターも、ディックさえもわずかに顔色を変えた。

「調査に関してお前達の行動に問題がないか、監視するために来た。そんなことはわかりきってんだろうが、いまさら言わせんじゃねぇ」

 キリリと、緊張の糸が強く張られる。少しでも下手をすれば首をねじ切りそうな気配が、フェルにはあったのだ。

 気圧されたように身じろぎをしたのはアラスターだ。

「この件に関しては、ここだけでは決められない話なのですよ、ロッド大尉。国王からこの土地を任された身である以上、我々は安易にあなた方にすべてを許すわけには、」

「じゃあなにか? 国王に許可を取り付けろってぇのか?」

 いえ。アラスターが首を振る。

「災害に関する軍の統括者であるのはホワイトリー少佐ですから、彼に話を通します。しばらく、この件は私に預けていただけないでしょうか」

「できるだけ早い返答を期待する」

 これ以上の話の進展はなかった。現場の指揮を執るのがトルーマン家である以上、ほとんどは彼らに従わざるをえなくなるようだった。

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