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〝白騎士団〟物語 1-3

討伐作戦の結末

 ハルバルト軍本部では、大規模作戦の後始末に追われていた。カーラ・ヘンリソン軍曹もその一人である。彼女の目下の仕事は、死亡者名簿の整理であった。

 大きな空間にぎっしりと棚を並べて、そこに兵士の名簿をファイリングしている部屋がある。そのなかから今回の作戦に駆り出された人物達の資料を引っ張り出しては、情報の書き込みとファイルの移行を行う必要があった。

 〝白騎士団〟拠点襲撃の任務は失敗に終わり、投入された七六名の兵士及び五名の指揮官が殉職したのだ。生存者はゼロ、死体の確認のできた者はわずか二〇名弱で、他は判別不能の結果となった。

 片手に戦死者の名前のリストの書かれた羊皮紙を持ち、カーラは背の高い棚を見上げる。女性としては背丈の高い彼女であったが、棚の頂上にはどう足掻いても手が届かない。何せそれらは、真下から見上げればただの垂直な壁に見えるほどなのだ。

 彼女は肩の高さに上げた腕をすうっと真横に振る。込み合った棚の間から、紙の束が一組飛び出した。ふわふわと空中に浮かぶそれは随分と高い位置にあり、ゆっくりと降下してくるのに時間がかかった。

 片手で持つとずっしりと重みのある資料の量であった。表紙には『Barnard Sharp』の文字。

 カーラの足元には大きく口を開いた布袋がある。そこに紙の束を収めて、また腕を振るのだ。しばらくはこの作業の繰り返しである。

 ふいに背後で扉の開く音がした。資料の保管庫に用のある人間など、いまの自分の他に誰がいるのだろうか。怪訝に思いながら振り向くと、一人の青年が分厚い鉄扉を閉じたところであった。

 カーラよりもやや身長の低い若者である。しかし、着ている制服は将校用の立派にあつらえられたもので、黒地に金色のボタンが品よく輝いている。襟元の階級章は彼が大尉であることを示していた。

 あ、と声がこぼれる。ばさりと資料の束が床に落ちた。

 カーラはちらりと資料を見遣るが、しかし慌てて青年に対して敬礼をする。

 ぼさぼさの黒髪に、鋭利な刃物を連想させる黒い目、まるで無駄のない息遣い――――カーラはこの人物を知っている。フェル・ロッド大尉だ。唯一〝白騎士団〟に対抗し得る人物であり、そして恩人でもある。彼がいなければ、いまごろ自分達は敵国の捕虜となって殺されていたことだろう。

 フェルは「あぁ、カーラか」と、何気ないふうに声をかける。たった一度、彼の指揮下で行動しただけでこれといった関わりもなかったのだが、彼は自分のことを覚えているようだ。

「邪魔して悪いな。資料、大丈夫か?」

「はい、お気遣い、ありがとうございます」

 敬礼をといたカーラは、失礼しますと断りを入れてから、先刻落とした資料の束を拾い上げた。表紙には『Brandon Arne』とあった。それを布袋に入れてから、彼女は再びフェルへと向き直る。

「大尉は、こちらへなんの御用で?」

「ちょっと、この前の殉職者のリストを見たくて。時間いいか?」

「えぇ、もちろん。こちらがリストになります」

 手元のリストを渡す。名前だけの羅列だが、こんなものに彼はいったいなんの用があるというのだろうか。

 紙の終わりのほうへと視線をずらしたフェルの様子を見守る。誰かの名前を探しているようだった。彼の部下でも犠牲になったのかとも思ったが、それは考えられない。この大規模作戦に、フェル・ロッド大尉の部隊はまったく関与させられなかった。彼の順調な昇格を快く思わない者は、多くいるのだ。

 やがて彼はリストの紙をカーラへと差し出す。

「助かった。にしても、すげぇ人数だな」

「そうですね」

「こんだけまとめんの、大変じゃねぇか? 誰か手伝いを呼んだほうがいいなら探すぞ。俺は……この手の仕事はできなくてな」

「いえそんな! 大尉の手を煩わせることではありませんから」

 慌てて首を左右に振って、カーラははっとする。年齢こそ近いが、彼は同僚ではないのだ。こういった態度は正しくない。だがフェルにそれを気にした様子はまるでなかった。

「いまは俺も暇してんだよ。さすがに報告だけは聞いたが、終わった後じゃどうしようもねぇ」

「大尉は、今回の作戦をどうお考えですか?」

「俺なら行かせねぇな」

 即答だった。

「〝白騎士団〟相手に数じゃ勝てねぇよ。統率が執れないぶん、むしろ不利だな」

「少数精鋭で各個撃破が望ましい、ということですか?」

 言ってから、けれどそんなこと、と続きそうになる言葉を飲み込む。過去にそれをやってのけた人物が目の前にいた。

 現状〝白騎士団〟は団長《クロック・ロック》を含め六人。ただし、討伐作戦の現場指揮を執っていたハワード・ブレッシン少佐が最期に本部に送った報告によると、白いコートの人物は八人になっていたという。幻でも見せられたのか、もしくは団員が補充されたのかは不明とのことだった。

 大尉、と呼びかけたカーラは、手元の羊皮紙をぎゅっと握る。

「我々が〝白騎士団〟に勝てる日は来るのでしょうか」

「どうだろうな」

 続けて何かを言いかけたフェルを遮るように、また資料室の扉が開く。現れたのは、新兵の制服を着た小柄な少年であった。艶のある黒髪に、まだ幼さの残る顔つきの少年である。彼はフェルを見ると、控え目に口を開く。

「大尉、ここにいたんですか」

「ツカサか。どうした」

「スタントン少佐が探していました。こんなとこで何やってたんですか?」

 ツカサと呼ばれた少年が室内をぐるりと見回す。新兵には馴染みのない場所であることはカーラも知っていたし、フェルも気にかけることはなかった。

「少しな。少佐はどこにいる?」

「執務室に」

「そうか。それじゃ、邪魔したな」

 新たに仕事のできたらしいフェルが素っ気なく言って資料室を出る。ツカサもカーラに会釈をすると、彼の後に続いた。

 一人残されたカーラは手元のリストに目を落とす。フェルはいったい誰を探していたのか。終わりのほうを見ても、わかりはしなかった。

 それから作業を再開してしばらく。資料室にまたも人が訪れた。フェルの部隊の兵士らしく、暇ならここでの作業を手伝うよう言われたとのことだった。

 

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