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“白騎士団”物語 1-21

『使用人の仕事』

「トルーマン家は古くから続く家系で、そのぶん国王からの信頼も厚く、イービスという主要都市の一つを任せられることとなったのも、決して最近のことではありません。くわえて、彼らの所有する自警団は、代々トルーマン家に仕えてきたハガード家の嫡男が団長を務める決まりになっています」

 〝白騎士団〟屋敷の三階にある一室にて、白いコートに身をつつんだシルヴィオが淡々と告げた。

 やや広めにとった室内には、木製の長テーブルと長椅子とのセットが横向きにして三列並べられており、板書こそないが、あたかも小さな私塾の教室のようである。テーブルのある後ろのほうの壁は一面が作り付けの書架になっていて、それが一層、学校などを連想させる。書架の近くには白地に金色の縁取り彫刻を施した扉があって、部屋の入口はそこだけだった。天井からぶら下げたランタンにはグロウフラワーの白い光がともっているが、昼間の日差しの差し込むこの時間帯では、あまり意味をなしていない。

 最前列のテーブルの真ん中には、机上に紙とペンとを構えるユウがおり、その正面にシルヴィオが立っている。ユウはじっとシルヴィオを見上げているが、なにかを書きとめる様子もなければ、理解を示している様子もなかった。

 シルヴィオは一度小さくため息をこぼす。

「サヴァレ、イービスがどのような街か、わかりますか?」

「え……えっと……いろんなお店がある街、ですか?」

 ユウの返答に眉根を寄せる。《クロック・ロック》の命令がなければ、こんな小娘のことなど放っておいたというのに。

「イービスは街の一区画に倉庫群を置き、さらに交通網を整備することで、物流の中間拠点としての役割を果たしています。また、北地域中央研究所などがあることからわかるように、周辺地域と比較しても研究施設が充実しており、魔術研究の観点においては、国からの補助も多く支給されている街です。仮にも軍に所属していて、どうしてこれを知らないのでしょうかね」

「はい、すいませんでした」

 小さくなるユウを睨みつける。シルヴィオは、この娘が気に入らなかった。入団からすぐに《クロック・ロック》から仕事を与えられたうえに、ずいぶんと甘やかされている。

 明け方近く、屋敷に戻った《クロック・ロック》を出迎えたシルヴィオは、疲れた様子の彼から「明日にでもユウにトルーマン家のことを教えてあげてほしい」と依頼され、なぜと、思わず聞き返していた。襲撃に行くのに相手のことを知らないんじゃあ話にならないだろう、それに、俺もうっかり伝え忘れていたから。《クロック・ロック》の言葉に頭痛さえ覚えたものだ。

 小娘など放っておけばいいのではないでしょうか。納得のいかないシルヴィオに、彼は苦笑しながら首を左右に振った。そうもいかないよ、団員だからね。

 結局、「お前にしか頼めないんだ、お願いするよ」という言葉で、シルヴィオはこうして、ユウの前に立っているのだ。

「サヴァレ、イービスの街について、ほかにわかることはありますか?」

「ほか、ですか……。えぇっと……水路がたくさん流れていました」

「あの水路の水源である川は、イービスよりはるか北の山地にあります。もともとイービスは内陸の街で深刻な水不足に悩まされていたのを、ナサニエル・デズモンドが水路を引くことによって解決したのです」

 ユウがデズモンドの名前に反応する。なにかを知っているという顔だ。シルヴィオは試すように、「気になることでも?」と、彼女の言葉を引き出す。

「なんだか、聞いたことのある名前だな、って思って。その、デズモンドさん、って」

 またため息がこぼれる。シルヴィオは落胆しきった様子で、言葉を続ける。

「当然、聞き覚えくらいはあるでしょう。ナサニエル・デズモンドは、デズモンド家の始祖、つまり、いまのハルバルト軍元帥の一人、ジェレマイア・デズモンドの祖なわけですから」

「詳しいんですね」

「教養のうちです」

 ぴしゃりと言い切る。ユウは居心地が悪そうに身を小さくしていた。そのおり、きゅう、と、切なげな音がする。ユウだ。丁度昼時でもあるが、ここでユウに教えていた以上、食事の用意などできてもいないし、まだ話は終わっていない。

「教えることはまだ残っていますが、いまはそれどころではないようですね」

「だ、大丈夫、です」

「食事は不要と?」

 うぅ、と、ユウが小さくうめく。この娘の食欲が旺盛なのはすでに知っていたし、食事を抜くことが彼女にとって苦痛であるのもわかっている。そのうえでシルヴィオは「では続けましょう」と言った。

 直後に、部屋の扉が開く。トラヴィスだ。白いコートを着た姿で、穏やかな笑みを浮かべている。

「講義の最中だったかな、邪魔をしてごめんね」

 言いながら彼は室内に入ると、ユウに一度微笑みかけて、恭しく一礼したシルヴィオに歩み寄る。

「調子はどうだい? どこまで話せたかな」

「トルーマン家のことについては一通り。あとは、イービスの街の土地柄などが残っております」

「そう、ありがとう。あとは俺がやるよ。慣れないことを押し付けてしまって悪かった」

「いえ。《クロック・ロック》のご命令とあらば、どのようなことでも承ります」

 これも、いままでに幾度となく繰り返した言葉であった。そのたびにトラヴィスは苦笑して、助かるよと労うような声をかけるのだ。

「じゃあ、シルヴィオ、悪いんだけれど、食事の用意をお願いできるかな? 急がなくていいよ。俺のぶんもなくていいから、ユウだけでも」

「あなたは、」

「一五時から仕事なんだ。じゃあ、よろしく」

 トラヴィスが一方的に話を終える。よくあることだった。シルヴィオがなにか抗議しようとするときには、たいてい先回りしてとめられる。

 もう一度、恭しく礼をして退室を断り、シルヴィオはその部屋をあとにした。ギリッと奥歯をかみしめる。ユウさえいなければ、《クロック・ロック》がこうも疲れる必要などないのだ。

 苛立ちを覚えながら、単調な風景が続くだけの廊下を歩く。絵画や陶器などがところどころに飾られているが、どれも古くなって埃にまみれ、目を惹くようなものではなかった。掃除をしようにも、半日とたたずにこれらのものは薄汚れてしまうのだ。

 彼が一階のエントランスにおりたところで、ちょうど作業着にコートを羽織っただけのフィルドと顔を合わせた。いま屋敷に来たところのようだった。

「シルヴィオ、お疲れぇ」

 野太い白色の柱の隣に立ったフィルドが陽気に片手をあげる。出会ったころこそ不愉快だったものの、もはや慣れてしまった。

「なにか用事でも?」

「ローディア探してるんだ。ほら、襲撃の準備のための」

「有力な情報でもありましたか」

 さして期待するでもなく尋ねると、意外なことに、フィルドは笑顔でうなずいた。

「精霊のこと。あの精霊、たぶん、探し出せる」

「と、言いますと?」

「ローディアのとこにある精霊の残骸が、ちょっとだけ活動を再開したらしいんだよねぇ。あれ、精霊の魔力で作ったもので、自立してはいるんだけど、本体から離れると徐々に弱るんだ。逆に、本体が近くにいると少しずつだけどすごく強くなる」

 ね、と、フィルドが笑う。

 シルヴィオは大広間とは反対の方向へちらりと目を向けた。

「彼なら地下室にいますよ。あと、《クロック・ロック》もいまは屋敷にいらっしゃるので、報告しておいたほうがいいかと」

 ありがとう。フィルドが言う。また今度ね、と、片手を振りながら、彼はシルヴィオが一瞥をくれたほうへと早足に向かった。あの方向は、倉庫と通路とがあり、途中に地下へ降りる階段がある。そのさきは、治療室兼研究室となっていた。

 トルーマン家襲撃には、シルヴィオも参加する予定だ。あの家が精霊を保有している可能性についてはすでに聞いているし、現状どこまで解析が進んでいるのかも、逐一報告をうけている。シルヴィオがやるべきことも、実のところ完了していた。

 あの屋敷の構造は、ひっそりと隠された部屋まですべて把握しているし、すべては《クロック・ロック》へ伝えてある。なにもかも、あのお方のためなのだ。

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