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“白騎士団”物語 1-19

『盗人の行方』

 また厄介なことになったと、ツカサはことの成り行きを見守りながら内心嘆息する。

 トルーマン家屋敷の敷地内にあるイービス自警団の本部のラウンジでのことだ。広々とした空間を、天井から下げたシャンデリアが温かい空気に照らす場所で、自警団団長のアントン・ハガードと、ジェイコブ・ガネル少尉とが睨み合っている。豪奢な彫刻のあるセンターテーブルと、それを囲む柔らかそうな赤色の革張りソファのセットが三組ほどあるのだが、そのどこにも腰を据えようとせず、互いに仁王立ちしているのだ。彼らの間には、縄で後ろ手に縛られた少年が、大理石の床に直接座らされている。裾のぼろぼろになったブラウスを着た土色の髪の少年だ。彼は不服そうに、対立する二人の大人を睨んで奥歯をかみしめていた。

 取り巻きは、自警団の面々と、ツカサをふくむ軍の三名である。自警団のほうこそ苛立った表情をしているが、軍の兵士はというと、どこか億劫がるようなのが、その顔つきからも見て取れるほどであった。

 ことの経緯は単純なものである。ジェイコブが街を巡回中に、スリの少年を現行犯で確保し、その身柄を軍で預かると言い出したのがきっかけだ。領地内で発生した事件などのことは、よほどでない限りは自警団かその土地を治める領主が処理をするのがどこの領地においても本来であるから、それはできないとアントンが反論し、こうして対峙することとなった。ツカサとほか二人の兵士は、周辺エリアの巡回を担当していたがためにここに巻き込まれる形となっているだけで、正直なところ、スリの少年など自警団に引き渡して終わりにしてしまいたいのだ。

 膠着状態に陥りかけたところで、赤色をした大きな両開きの扉が開いた。軍人が二人、連れ立って入ってくる。ダライアス・ダウニングと、フェル・ロッドだ。ここに集まる直前、ツカサが屋敷周辺の警備にあたっていたダライアスに依頼してフェルを呼び出してもらっていた。もちろん、ジェイコブには伝えていない。

 フェルは室内の状況を見るや、お前らなにやってんだと一言。

「ロッド大尉、ご足労感謝いたします」

 アントンが落ち着き払った調子で言う。が、目元に苛立ちが残っているのを、ツカサはしっかりと見ていたし、それならおそらく、フェルも気づくだろう。

 睨み合いの二人に歩み寄ったフェルは、一度長く息を吐き出す。

「状況はおおかた聞いた。スリ犯の引き渡しがどうの、ってことだろ?」

「現在このような状況で、市民も事件や災害に敏感になっている時期でもありますから、軍の正式な対応が必要かと」

 すかさず口を挟んだのはジェイコブだった。部隊長の登場という予想外の事態にも、さして動揺した様子がない。少尉というのは、伊達ではないのだ。

 それに抗議を示そうとしたアントンがなにかを言うよりさきに、フェルが言う。

「なるほど、俺は必要ねぇと思うが」

 隣に並ぶ兵士の口元がひくりと動くのを、ツカサは見逃さなかった。ここがもし、軍のなかの喧嘩の場などであったら、フェルに乗る形で野次でも飛ばしていたことだろう。

 フェルは一度アントンに目を向ける。

「確認したいんだが、各領主の領地内での犯罪ってのは、自警団の管轄で間違いないな。この領地だけはほかとは違うってこたあ、ないんだな?」

「ほかの領地同様、こういった犯罪は我々自警団で処理するものです」

 そうか。それだけ答えて、フェルは動いていた。ジェイコブの胸倉を片手で掴みあげ、彼の足が床を離れるまで持ち上げる。ジェイコブがそれを回避する間など、ありはしなかった。

「ジェイコブ・ガネル少尉、お前のここでの任務はなんだ」

 災害調査。首がしまってとぎれとぎれになった声が答える。

「お前が今回やったのは災害調査か?」

「……いいえ」

 手が離される。フェルはそのまま地に着こうとしたジェイコブの足を蹴りあげた。当然バランスを崩したジェイコブは、それでも頭を打ち付けることを回避する。直後に、鳩尾を踏まれて喚くこととなった。

 フェルの制裁に容赦がないのは、まだ新兵であるツカサも、部隊の面々も知るところだ。この程度なら、まだ優しいほうなのだということも、わかってはいた。

 ツカサは以前、それこそまだ入隊したばかりで部隊の配属も未定だったころの話だが、彼の短期間の訓練を受けたことがある。そのとき、本来なら禁止されている飲酒をしでかした兵士数人が、新兵の見守るなか、意識がなくなるほど強く殴られ、しばらく医者にかかりきりになった。

 小さな口笛の音。ツカサの隣で、兵士が少しばかり笑っていた。フェルに睨まれて、反省したように肩をすくめる。彼が怖いもの知らずというより、加減を知っているのだということも、ツカサはなんとなくわかっていた。

 うずくまるジェイコブへの制裁を終えると、フェルはアントンに改めて向き直る。

「手間をとらせてすまなかった。この手のことに関してはあんたらで処理してくれ。もし必要なら力を貸すが、それ以上のことはしないつもりだ」

「ご理解いただき有難いのですが、まるでチンピラですね」

「俺の部隊じゃこれが普通なんだよ」

 気を悪くしたふうもなく返したフェルに、アントンは嫌悪したような目を向けるのではなく、どこか不敵に笑うと、フェルに片手を差し出す。

「頼もしい限りですよ。よろしくお願いします」

 あぁ。短くうなずいたフェルがアントンの手を取る。ツカサからすれば、理解の難しい光景であった。兵士の一人が、変わり者だからと小さな声で言う。

 それから、仕事へ戻れと促され、それぞれが巡回の引き継ぎへと向かった。その途中、呟いた兵士がツカサに言う。

「人の上に立つ人間ってのは、みんなああいう、わけのわかんない感覚ってのを持ってんだろうな。大尉も、あっちの団長さんも」

 ラウンジを出てすぐ、自警団本部の正面入口横にある狭いカウンターで、入退場者の監視をしている自警団の兵士に聞かれるのも気にしない言い方であった。

 自警団本部の正面入口は大きく作られており、両開きのドアなどは赤地に金の彫刻が施されている。建物全体は白い色のなかに赤色の装飾彫刻がされていて、ちょっとした屋敷に見えるほどである。そこを出ると、青々と茂った芝生の庭がある。砂利石を敷き詰めた道なども作られている。軍の簡易拠点は庭のほんのすみにあった。

 細い金属の骨組みに撥水性のあるシートを渡して、頭上と側面をおおったなかにテーブルや椅子を少し置いただけのものだ。急ぎで用意したものだが、軍が遠方で長期間活動するさいにはこれが基本の拠点の形である。

 ところが翌日、トルーマン家自警団からの好意か、自警団本部のラウンジの一角を軍の簡易拠点として貸し出すとの申し出があり、ひとまずのところ、野外でのキャンプは撤去と相成るのであった。

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