
『紫色のあの子』
2015.4.20
瓦解したPTに帰る意味なんてないの――――深い紫色の瞳は昔から何も変わらない。傷つくことも悲観することもなく、正面にあるものを淡泊に見つめている。見透かされているのかと怯えたこともあった。
夕刻の砂漠地帯。砂の海にぽつりぽつりと頭を覗かせる岩の影に隠れながら、ラヴィニア・雪白・ウィスティリアはちらりと顔を覗かせる。背中を岩壁に押し付けるようにしながら、肩越しに彼女を見るのだ。
薄紫に深い紫のメッシュの入った癖毛の髪を肩口で切りそろえ、編み込みでカチューシャを作るのは昔と変わらない。手先の器用な娘だ。目立つ紫の色彩のボーダー服で戦場に現れるのも、猫のような紫と赤の目も、3年前と同じである。
手にぶら下げているのは、紫色をしたカッツェ。性能よりも『紫色』であることにこだわっているようだった。だから彼女は、自信の左目が赤いことを好まなかった。ラヴィニアの真っ白な髪を見るときも、ひどく冷めた目をしていた。
「ねぇ、どうしてあなた、そこにいるの?」
記憶のなかの彼女と、いまここにいる彼女との差異があまりになさすぎて、ラヴィニアは声をあげる。広々とした空に自分の声だけがすうっと吸い込まれるような感覚がして、虚しくてたまらなくなった。
「いい風ね」
彼女の――モニカの声がした。相変わらずのか細い声だ。
「こんな風が集まるから、いるのよ?」
「そうじゃない。どうしてそのPTにいるのかって聞いているの」
「呼ばれた気がしたから」
「誰に」
「風に」
砂丘の向こうに打ち捨てられた船が見える。一際強い風で舞い上がった砂塵がその輪郭をぼかす。
ラヴィニアはダマスカスナイフを握る手にぐっと力をこめた。
「そこはね、わかる? 私達の故郷を壊したPTなの」
「だから?」
「仇なの」
「興味ないわ」
気づけばブーツで砂を蹴っていた。岩陰から飛び出して左腕の真赤な荊をモニカに向かって伸ばす。彼女はあっさりと捕まった。
「あんたって昔からそう。どうしてそんな冷淡なの? 冷たくて、他人のことなんてまるでそこらに転がる石ころ程度にしか考えていない。あなたにとって人って何?」
「クラレンス」
唐突にモニカが呟いた。それに呼応するかのように、パンッと乾いた銃声が耳の奥で谺した。
腕に鈍い痛みが走る。モニカを捕えていた荊が途切れるのを見ながら、ラヴィニアは咄嗟に手近な岩陰に飛び込む。だが追撃はなかった。確かに銃声はモニカの背後から聞こえたのだが、それが嘘のように静まり返っている。
「私のアクセサリ。綺麗なアメジストの目をしているの」
モニカの声が響く。
「お姉ちゃん、もう、邪魔しないでね」
ざく、ざく、と、砂を踏む音が聞こえた。遠ざかって行く。
追いかける気には到底なれなかった。片膝をついた姿勢から崩れ落ちるように砂地に尻をつき、ラヴィニアは両膝を抱えて丸くなった。
お姉ちゃんと自分のことを呼んだモニカの声が脳裏に反響する。まだ、彼女にとって自分は『お姉ちゃん』なのだと思い知る。
地面を殴りつけた拳が、柔らかい砂にめり込んだ。次にモニカに会ったとき、彼女を切り刻める自信がなくなった。